日本の広告最新事例を世界の潮流から読み解く #15
「だいすけ!」が印象的なPILOTの感動CM。カテゴリー広告としての秀逸さ
私は長年、多くの広告コミュニケーションの海外事例を紹介、その分析に努めているのですが、この連載では、いつもとはある意味では逆に、まず日本の話題作に目を向けて解説し、そのうえでその意図や施策の在り方が、海外のどんな潮流と関連しているのかについて考えていこうと思います。今回は、その第15回です。
製品の優位性ではなく、カテゴリー広告で共感醸成に成功
在宅ワークでテレビをつけながら仕事をしていると、よく目にするテレビCMがある。冒頭から「だいすけ(大輔)!」と我が子に呼びかける母親の声から始まり、6秒間に3回も「だいすけ!」と繰り返す。映し出されるのは、母子手帳に書き込まれる名前「佐藤大輔」の文字だ。
以降、「君の名前をたくさん書いた」「たくさんたくさん書いて来た」という母親の独白とともに、たくさんの「だいすけ(大輔)」が書かれるシーンが積み重ねられる。紙おむつ、タオルのタグ、小学校の内履き、ランドセルのネームタグ、色鉛筆、運動会の体操着、体調不良時の病院での問診票、返却されたテストへの叱咤のメモ、夜食につけられたメモ、受験合格を願う絵馬、大学に合格し東京に引っ越した息子に送る宅配便の宛名・・・。そこに「名前は、いちばん短いラブレターだと思う。」というコピーが入る。
自分を含め世の親たちは、ここでグッと来る。自分の子どもの名前も、一生懸命考えたなあ。何度も何度も、呼んで来たなぁ。たくさんたくさん、書いてきたなぁ。確かに親から子どもへのラブレターみたいなものだなぁ、と共感する。
そして最後の最後に、当の大輔くんが万年筆で何かを書くシーンをバックに、「書く、を支える。PILOT」という文字が現れる。
このテレビCMが共感を呼ぶことができているのは、名前にフォーカスして、その名前を長い子育て期間全体にわたって支える筆記具の広告、つまりカテゴリーの広告になっているからだ。「自社のポールペンは書き心地が良くて」や「うちの万年筆は歴史があって」、「我が社にはこんな技術があって」など、会社や製品と競合他社との差別化についての言及は一切ない。
筆記具というカテゴリーの機能である書くという行為を中心に据え、それを我が子の名前と子育てという素材で描くことで、普遍的な共感を得ることに成功している。
そもそも“差別化”は、普遍的な共感につながりにくい。そう考えると、“カテゴリーの広告”を目指してみるのも共感獲得のためには有効な手段だろう。
もちろん、その背景にはPILOTが筆記具の国内シェア1位という事実がある。シェア1位の会社にとっては、そのカテゴリーの売上が上がれば自社の売上も増加し、カテゴリーの売上が下がれば自社の売上も減少する。2位以下の他社との競争よりも、デジタル機器など他カテゴリーとの競争がリアルな課題だということもできるだろう。