日本の広告最新事例を世界の潮流から読み解く #21
クルマがまったく動かないが、成立する。固定観念を捨て去ったダイハツのテレビCM
私は長年、多くの広告コミュニケーションの海外事例を紹介、その分析に努めているのですが、この連載では、いつもとはある意味では逆に、まず日本の話題作に目を向けて解説し、そのうえで、その意図や施策の在り方が、海外のどんな潮流と関連しているのかについて考えていこうと思います。今回は、その第21回です。
湖畔に停車しているクルマ。ほぼ、それだけのテレビCM
「あれ? 今の何のCMだったんだろう?」 僕は、本やパソコンを眺めながらテレビをつけていることが多いのですが、このテレビCMが流れるたびにそう思っていました。
クルマの走るシーンがない。インテリア(内装)や装備の解説もない。ずっと遠景で顔も見えないのでユーザーイメージもよく分からない。クルマの外観のアップもない。何回か見ているうちに、ダイハツの「ムーヴ・キャンバス」のテレビCMだと分かってくるのですが、一般的なクルマの広告とは、つくり方がずいぶん違うと感じました。
従来の考え方では、クルマのテレビCMは、走る姿を強調するか、内装や装備にフォーカスを当てるか、乗ってる人(ユーザーイメージ)をフィーチャーするか、またはそれらの組み合わせです。
しかし、このダイハツの例では、そのどれもが見当たりません。描かれているのは、キャンバスというクルマそのものではなく、“キャンバスのある生活”です。トップカットに「何色の思い出になる日だろう」と提示され、ラスト近くに「Move CAMBUS」という商品名と「COLORING LIFE」というスローガンが現れるだけです。
このスローガンは、キャンバスという商品名自体にも込められているであろう“日々に彩りをもたらす”といった意味合いだと考えられます。そこに、往年の名曲『君は天然色』の女性ボーカルバージョンが印象深く流れてきます。
こんなに“主張して来ない”クルマの広告も珍しく、逆に気になってしまいます。親と同居する未婚女性をコアのターゲットとしているというこのクルマは、売れ行きも好調のようです。
コアターゲットに提案する“キャンバスのある生活”というコンセプトと、その生活のシズル感だけに振り切った興味深い広告です。