音部で「壁打ち」 – あなたの質問に答えます。 #特別編02

スタートアップのマーケティング責任者が持つべきスキルセットとは?【音部で壁打ち】

前回の記事:
馴染みの薄い商品をマーケティングの力で普及させる方法 【シン・音部で「壁打ち」レポート】
    

スタートアップのCMOに必要なスキル

   

【質問】

 音部さんは、名だたる企業でブランドマーケティングを行われたのち、D2Cブランドへの支援もしているという記事を拝見しました。D2Cのスタートアップ企業を成長に導くCMO(Chief Marketing Officer)の特徴やスキルセットについて教えていただきたいです。
   
mederi 代表取締役 坂梨 亜里咲
       
 スタートアップ企業のCMOの特徴や必要とされるスキルセットについてのご質問ですが、まずCMOとCEOの違いを明確にしておきましょう。どの企業にも適合する絶対の正解があるわけではありませんが、ブランドを複数もっている多くの会社、たとえばP&Gやユニリーバ、資生堂などでは、CMOとCEOは似て、かなり非なるものです。

 客観化しやすくするために、国の指導者に例えてみましょう。CEOは大統領や首相である、というのは理解しやすいと思います。では、もしCEOを国家元首と例えるなら、CMOは何でしょう。いろいろな考え方があると思いますが、競合と戦って勝利したり、未開の領域を探検に行ったりするという役割を考えれば、幕僚長や参謀本部議長といった軍隊組織の長は分かりやすいかもしれません。

 国の規模や成り立ちによってはリーダーが将軍と呼ばれたり、大佐と呼ばれたりします。ナポレオンはリーダーとして自ら前線でよく闘った指導者ですが、会社にあてはめると CEOとCMOを兼務していたと言ってもいいかもしれません。この違いの詳細については、過去にこちらの記事で触れていますので、よろしければご覧ください(参考:「CEOが総理大臣であれば、CMOは幕僚長」キャリアの延長線上の社長に必ずしも賛成できない理由)。

 上記を演繹するなら、多くの組織でCMOに期待されるのは、競争に勝ち、新しい領地の探索ができるスキルです。そのためには、①消費者を理解し、②市場創造し、③訴求すべきベネフィットを見いだせることが役に立つでしょう。マーケティングとマーケティング組織の本義です。加えて、部門のリーダーとして、④マーケティング組織をうまく統率し、⑤組織強化を指導できると素敵です。

 さらに、D2Cを含むスタートアップには特徴的な要素があると思います。もう少し大きな企業を比較したときの大きな違いのひとつに資源総量があります。スタートアップはヒト・モノ・カネといった資源を、あまり多くは持っていないのです。そこで重要になってくるのが、資源をうまく利用できるスキルセットです。

 まず、「カネ」です。マーケティング費用として毎年2億円を使っているとしましょう。そして、その2億円を20億円の売上をつくるための値引き施策に使ったとします。20億円の売上があったら成功だろう、という考え方もありますが、この場合の2億円は翌年にはあまり多くを残さないかもしれません。価格をきっかけに買ってくれたユーザーは増えましたが、そのユーザーは価格に誘引されています。商品を使ってベネフィットに気付くかもしれませんが、「安く買えて得した」というパーセプションで止まってしまうと、次の購入も値下げを必要としそうです。

 もし、この2億円でベネフィットを覚えてもらうとか、ブランドを好きになってもらうとか、愛着を感じてもらえれば、効果は消費者の心の中に残ります。去年使った2億円のうちの半分、1億円くらいがマーケットに残っているなら、今年2億円を使うことで合計3億円です。毎年のマーケティング投下を通して、ブランドの意味が明確になり、愛着を感じて継続的に使ってくれるユーザーが増えていけば、それは使ったお金の一部が自分たちの資源として残る使い方ができているということです。マーケティングを「費用」ではなく「投資」として運用できるCMOがいると、貢献度が大きくできると思います。

 マーケティング予算の使い方にも深く関連しますが、「モノ」や「サービス」を体験した消費者が、うまく満足を実感できるよう、適切な期待値を設定し、有意義な試用体験を提供できるスキルは、ブランドの継続利用に大きく影響します。重要資源である「モノ」や「サービス」の力をうまく使うスキルがあると、とても心強いでしょう。
   

      
 また、マーケティング部門のメンバーのケイパビリティを強化し、組織を育てるというのも「ヒト」という資源をうまく使うスキルセットの構成要素です。「ここ1年の中で最もお金と時間を使ったプロジェクトを経て、皆さんは何ができるようになりましたか? また、チームは何ができるようになりましたか?」という質問をすることがあります。経験的には、5%くらいの人は「自分はこのプロジェクトで何を学んだ」と言えるのですが、残りの95%は「一生懸命やったんだけど、何を学んだかはよくわからない」という状態であることが多いです。もし多くのメンバーが何を学んだか明示できるようであれば、それはきっと力強い成長を見せる組織でしょう。

 この点にCMOがうまく関与し、貢献できると、それぞれのプロジェクトを通して組織の経験値が上がり、強くなっていきます。1年目より2年目の方が確実に強くなる。なぜなら1年目の成功あるいは失敗から、効果的・効率的に経験値を稼げるからです。さらにチームにメンバーが3人いるのであれば、それぞれが学んだことを共有しあうことで、1年で3年分の経験値を抽出できる可能性もあります。あらためて言うまでもなく、1年で3年分の経験値を得られる組織は強力です。

 こうして、経験からうまく知識を収集し、蓄積し、流通できる仕組みを作れるCMOは、組織を継続的に強く育てられます。効果的な施策を考える、といった本人による直接的な働きかけも重要ですが、組織や人材を仕組みとして育てられることは、重要な貢献として期待すべきでしょう。個人と組織の成長のほとんどは、直接間接の経験から得られる経験値や知識であると理解することは、はじめの一歩だと思います。

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