マーケターズ・ロード 出口昌克 #03

ソーダストリーム出口氏がP&G時代「首の皮一枚」と評されて気づいた「自分に足りなかったもの」

前回の記事:
「史上最低」の社内アンケート評価からの逆転、ソーダストリーム 出口昌克氏が実践した人材育成「10週間対話」
 家庭用炭酸水メーカーを製造・販売する「ソーダストリーム」のカントリーマネージャーとして日本オフィスを統括する出口昌克氏は、消費財ビジネスのプロフェッショナル。前職は日本コカ・コーラのバイスプレジデント、前々職はP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)ジャパンの執行役員 マーケティング本部長と、輝かしいキャリアを歩んできた。

 しかし、その道のりは苦難の連続だった。第1回第2回では、炭酸水を飲む習慣のなかった日本で2011年から市場拡張してきたソーダストリームの戦略と、2021年に参画した出口氏が実践したユニークな社員育成法を聞いた。今回は時をさかのぼり、P&Gの駆け出しマーケター時代に出口氏が直面した壁と、それを乗り越え飛躍した秘訣に迫る。(全4回)
 

「世界最長アシスタントブランドマネージャー」


―― マーケターとしての出発点となったP&Gに入社したきっかけは何ですか。

 P&Gに入ったのは、偶然でした。P&Gを志望していた友人に「(複数回ある)入社試験を早めに受けて情報を探ってきてくれ」と頼まれ、それまで検討もしていなかった会社を「偵察」に行ったんです。

 P&Gの入社試験ではケーススタディーを行います。とあるビジネス課題に対してかなりの量の資料が提示され、グループで議論を戦わせるのですが、データの解釈、正解の無い中で解決策を探していくことに脳が活性化されて「うわ、楽しい」と感動したんです。そして説明会で話す社員が自信にあふれていて超かっこいい。社員同士が先輩や後輩という立場を越えて自由に遠慮せず発言している社風や、企業としての勢いが伝わってきて、「こんな会社で働いたら絶対に楽しいだろうな」と惚れ込みました。

 私は就活で50社受けて2社しか受からなかったのですが、そのうちの1社がP&Gだったのは幸運でした。

 ところが、晴れてマーケターになったものの、私は本当に「できない子」でした。通常、入社4年ほどでブランドマネージャーに昇格するものなのですが、私は6年かかり、「世界最長アシスタントブランドマネージャー」などといじられていました。若いころの1年の差というのは大きく感じますよね。1年下、2年下の後輩に抜かれていくのは、かなりショックでした。

 結論、私に足りなかったのはオーナーシップです。しかし、最初の数年はそれに気づかず、自分ではすごく正しいプランをつくっているのに、それを採用しない上司が悪いと他人のせいにしていました。自分のプロジェクトはどこか他人事のように扱い、指示をもらっても仕方なくやらされているという感じでした。そういう思考法だと成長しないし、責任感も育ちません。
 
ソーダストリーム ジャパンカントリーマネージャー
出口 昌克 氏

 プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパンにて執行役員マーケティング本部長、日本コカ・コーラにてバイスプレジデントとして国内外計15のブランド管理経験を持ち、消費財ビジネスにおける中長期戦略立案を得意分野とする。2021年より現職。カントリーマネージャーとしてソーダストリームの日本オフィスを統括する。

 当時担当していたのは、台所用洗剤ジョイでした。当然のことですが、自分がつくったプランをまずは会社に「売りこむ」、つまり承認を取って投資を集めてこなければ、どんなに優れたマーケティングプランも実行できません。私は社内に売り込むことに価値を見出しておらず、かなりおろそかでした。さらに、そのプラン自体も、自分では論理的で正しいと思っていたのですが、独りよがりで中途半端でした。結果、「社内で提案を通せない人」という残念な状況になっていました。

 さらに悪かったのは、そんな自分の立ち位置を分かっていなかったことです。4年目くらいの時に初めて同期が昇格したので、軽い気持ちで部長に「次は僕ですか」と聞いたら、顔を真っ赤にして指摘されました。「君は首の皮一枚だ。次どころかいつまでここにいられるか分からない。辞めることを真剣に考えた方がいいぐらいだ」

 今思うと、そこがひとつ目の転機になりました。「辞めることを考えた方が」とまで言われてしまったのです。どうしたらいいのかと、相当悩みました。低い評価を受けた環境で働き続けても苦しいだけだし、かといって辞めるのは屈辱的だし。悩んだ結果、いつか昇進した瞬間に辞表を叩きつけてやろう、それまでは歯を食いしばって踏ん張ろう、と歪んだ形で決意をしたのです。そこで、直属の上司(ブランドマネージャー)のところに行って、「自分ではできていると思っていたのに、部長はできていないと言う。私には自分のできないことが見えていないので、1年目の新入社員みたいに、全部指示してみてもらえないですか」とお願いしました。

 それまでの私は上司の指示することに「それはやる必要があるんですか」と反論し、やったとしても最低限レベルで嫌々やっていました。それでは上司の思う「正しさ」に目線を揃えることができない。だから申し訳ないけれど、もう反論はしないので、全部指導してくださいと頼んだのです。

 それからは仕事量が倍以上に増えました。この資料は不十分だ、分かりにくい、つくり直せ、データの裏付けが足りない、消費者のヒアリングをやり直せ、などなど。うわっと思いましたね。けれどそのおかげで、今まで自分の出していた提案がどれほど粗くて、未熟なものだったかに気づけたのです。

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