日本の広告最新事例を世界の潮流から読み解く #56
貴乃花関の「ふるなびテレビCM」あえて音程をハズして歌う姿を出す狙いとは?
私は長年、多くの広告コミュニケーションの海外事例を紹介、その分析に努めているのですが、この連載では、いつもとはある意味では逆に、まず日本の話題作に目を向けて解説し、そのうえで、その意図や施策の在り方が、海外のどんな潮流と関連しているのかについて考えていこうと思います。今回は、その第56回です。
あれだけ音痴な歌をテレビで耳にすることはまず皆無
♪ふるなび~、ふるなび~、ふるさと納税♪。往年の名横綱・貴乃花関が、耳に聞き覚えのあるフランソワ・ジョゼフ・ゴセック(1734~1829)作曲の『ガヴォット』のメロディに乗せて、ふるさと納税の「ふるなび」の歌を歌っているテレビCMがあります。1カ月ほど前の年末には、相当の量でオンエアされていました。
この歌が、徹底的に音程がハズれています。「腹話術をしながらCMソングを歌う」という設定なのですが、腹話術という設定はあまり目立たず、ひたすら音痴具合が耳につきます。
これに対して、「耳障りで不快だ」という意見もネット上で多く目にします。しかし一方で、CM総合研究所による「2024年12月度 銘柄別CM好感度トップ10」によれば、他の多くのメジャーで気持ちのいいテレビCMを抑えて、このテレビCMは堂々8位にランクインしているのです。この事実からだけすると、ネット上で書き込まれる「不快だ」とする意見とは裏腹に、一般的には面白がられていると考えることができます。
筆者自身はどうかと言うと、不快とは感じず、軽くプッと噴き出しながら面白く見ています。制作者側の視点で言うと、普通であればNGカットになるようなテイクをあえて狙って撮って、その部分を繋ぎ合わせてテレビCMを完成させています。なんなら「腹話術」という設定も、貴乃花関に慣れない腹話術をしながら歌ってもらうことで、より音程のハズれたテイクを狙うためだったと捉えることもできます。
では、なぜあえて、いわば「徹底的に完成度が低い」状態のテレビCMを作ったのか? 考えられることは、広告作品というNGテイクを排して綺麗にまとめるのが普通の世界に、ある種の違和感を持ち込もうという作戦です。
そうすることによって、第一には目立つ、第二には貴乃花関という有名人がお茶目に親しみやすく見える、そして第三には(これがいちばんの目的だと思いますが)、第一と第二の要素の相乗効果で、ふるさと納税を使用する時に「ふるなび」でやってみようと思う人が増えるだろう、という読みです。
参考:ふるなびテレビCMは、こちらで見ることができる。
CM好感度の高さからすると、この制作者側の意図は、成功しているように思います。もちろん、テレビCMは見たくない人が見ないで済ますことができない媒体なので、不快に感じる人があまりに多いようであれば、それはそれで問題ではあるのですが…。読者の皆さんは、不快派、面白がり派、どちらでしょうか?