プロマーケターの倫理と資本主義の精神~広告苦情50年の歴史から~ #05

市場を「良き企て」であふれさせるために。JARO事務局長が信じるプロフェッショナル・マーケターの条件【川名周】

前回の記事:
スマホ、リーマン、震災、コロナで広告苦情も変化。ネット広告の悪質事例「三段跳び型」で摘発も【JARO 川名周】
 消費者の声を起点に問題のある広告を自主規制する民間の機関、日本広告審査機構(以降:JARO)。この連載ではこれまで、1974年の設立から50年にわたってJAROに寄せられてきた広告苦情の歴史(「苦情の50年史」)を振り返ってきました。時代の情勢や消費者意識、また業種・媒体の変化を反映して、問題のある広告・表示も増加・多様化してきた様子がお分かりいただけたのではないかと思います。

最終回となる本稿は、第1回で皆さんに投げかけた「売上か倫理か」を軸に、プロフェッショナル・マーケターが目指すべき広告とマーケティングの姿を考えてみたいと思います。
 

ネット広告で複雑さ増す


 前回までJAROが50年間、受け付けてきた広告苦情を10年ごとに俯瞰してきました。苦情が集中する業種・媒体は時代によって変化するものの、「飲んだら痩せる」「簡単に儲かる」「無料」といった謳い文句が引き起こすトラブルは、時代を超えて繰り返されています。悪質な広告・表示と適正化のイタチごっこは、形を変えながらも根本は変わらずに、延々と繰り返されてきたというのが実態です。

 インターネットが登場してからはさらに複雑になりました。もちろん情報の伝達という部分ではとても便利であるものの、広告配信システムにおいては、さまざまなレイヤーの、多様なプレイヤーが絡み合うこととなり、法律による規制などで一律に適正化を図ることが難しくなっています。そして生成AIの普及によって、これまで以上に広告制作の効率化・自動化が進んでいます。これ自体は悪いことではありませんが、誰でも簡単にインパクトのある広告をつくり、SNSなどで拡散できるようになったことで、2024年には著名人の画像や動画を許可なく使って投資などを募る詐欺広告が問題になりました。

 この厳しい流れを受けて、今後はどのようなことが求められるのでしょうか?

 私は、各レイヤーの各プレイヤーがそれぞれの持ち場で、正しい姿勢と情報に基づいて広告・表示を創り、その価値を伝えていくのが、地道なようで最も有効だと思います。広告主・媒体社・プラットフォーマー・広告配信事業者・広告会社・制作プロダクション・調査会社。広告産業に関わるすべての人の取り組みが、広告業界、ひいては日本経済を良くするのだと信じています。
 
「ウソ」「大げさ」「まぎらわしい」広告・表示の3タイプをキャラクター化した「ダメダメ3匹」の『うそピョン』『コダイ』『まぎらワシ』
 

売上なのか倫理なのか?


「売上をとるか、倫理をとるか」。そう問われたら、マーケターのあなたはどちらを選択しますか? これが本連載の最初に、読者の皆さんに投げかけた問いでした。最終回の本稿でもう一度、この問いに戻ってみましょう。

 目の前に必達の売上目標がある以上、「売上です」と答える人もいるでしょう。ビジネスパーソンにとって「売上」は、企業や自分自身の存在価値にかかわる重要なものであるのは言うまでもありません。一方、「倫理に決っていますよ」と答える人もいるでしょう。消費者を裏切るような行為はトラブルや規制・摘発の強化を招き、業界や媒体から駆逐されていくのは、これまで見てきた広告苦情の50年史が示すとおりです。

 第1回で触れた「プロフェッショナルの要件」を覚えているでしょうか。歴史的な経緯やさまざまな研究を踏まえて、「プロ」には以下の素養が求められます。

(1) 体系的な理論(セオリー)の素養

(2) 教育訓練を通じて蓄積された経験値

(3) 高邁な倫理性


 つまり「売上をとるか、倫理をとるか」と問われたら、私の答えは「売上と倫理の両方」になります。(1)(2)(3)の要件をすべて駆使して、「企てた施策」を実行することで売上を上げるのがプロのマーケターです。倫理はプロフェショナルの要件に最初からセットで入っているのです。だから「売上か倫理か?」という「OR条件」での設問ではなく、「AND」が回答となります。売上を上げ続け、倫理を守り続ける。これが「プロフェッショナル・マーケター」だと考えています。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録