マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #特別編

20年で激変した広告業界の情報革命、識者は「2024年 日本の広告費」をどう読み解いた?【早稲田大学ビジネススクール 及川直彦氏】

前回の記事:
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 マーケティングやビジネスの最新情報を得るには、実証された知見が多く詰まっている研究者の学術研究にも目を向けることが重要になる。早稲田大学ビジネススクールの客員教授である及川直彦氏による連載「マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究」では、マーケティングや営業、新規事業開発に携わるビジネスパーソンが直面する課題に対し、学術的な視点から解決策を提供していく。

 今回は、連載の<特別編>として、電通が2025年2月27日に発表した「2024年 日本の広告費」に注目する。2024年の総広告費は7兆6730億円(前年比104.9%)となり、3年連続で過去最高を更新した。企業収益の拡大や消費意欲の向上、世界的なイベント、インバウンド需要の回復が市場を押し上げた。特に、インターネット広告が成長し、SNS動画広告やコネクテッドTV広告が拡大を牽引した。また、テレビや屋外広告も回復し、デジタルとリアル施策の相乗効果で市場は拡大を続けている。こうした状況を、連載執筆者である及川氏はどのように読み解くのか紹介する。
 

広告業界にもたらした「情報革命」


 経営学者のマイケル・ポーターは今から40年前の1985年、かつて米国に存在した大手会計事務所アーサー・アンダーセンのビクター・ミラーと共著で「ITと競争優位」という論文を発表しました。この論文は、情報技術の進化が顧客に価値を提供する製品とプロセスにどのような影響を与えるかを考察しています。

 この中で、ポーターらは「情報集約度」という概念を提唱しました。これは製品や企業のビジネスプロセスにおいて、「情報の活用がどれだけ重要か」を示すものです。具体的には、情報集約度は次の2つの視点から考えられます。
 
  1.  製品の情報集約度
    製品を構成する要素には、①物理的な部分(産業革命によって進化)と②情報処理の部分(情報革命によってこれから進化) があります。情報集約度が高い製品とは、「情報処理の部分が重要な役割を果たしている製品」です。

  2.  バリュー・チェーンの情報集約度
    企業が価値を創出する活動のプロセス(ポーターが「バリュー・チェーン」と呼んでいるもの)の中で価値を創出する要素に、①物理的な部分と②情報処理の部分があります。情報集約度が高い企業とは、「情報処理を活用した業務の割合が高い企業」です。

そして、この2つの「情報集約度」が高い業界ほど、情報革命の影響が先行して現れるのではないかと論じました。
 
図1:情報集約度マトリックス

 2つの「情報集約度」が高い業界の例として「新聞」が挙げられていますが、「広告」も同じ象限に入りそうです。

 ここでいう「情報革命」とは、1990年代の中頃に普及したインターネットと、それを通じて提供されるサービス、さらにそれらを支えるソフトウェアやデータ分析の最適化などを指しています。

 こうした「情報革命」が、広告に大きな変化をもたらしたことは、広告業界やメディア業界に携わる人であれば、それぞれの立場や経験の中で実感してきたことでしょう。では、この変化の大きさを定量的なデータをもとに確認してみたいと思います。

 電通が2025年2月に発表した「2024年 日本の広告費」は、2007年に推定方法が改訂され、その2年前の2005年まで遡って修正されました。これにより、ちょうど20年分のデータが揃い、長期的な変化を分析するのに適したタイミングです。

 なお、「日本の広告費」は2019年から、インターネット広告費に「物販系EC プラットフォーム広告費」とプロモーションメディア広告費の「イベント」領域が推定範囲に追加されました。ただし、これらを除いて比較することにより2005年からの一貫したデータとして分析することが可能です。本稿ではこのアプローチを採用するため、2019年以降の数値は「日本の広告費」で発表されたものとは異なります。

 それでは、この20年間で「インターネット広告費」がどれくらい成長したかを見ていきましょう。
 

① インターネット広告費の成長と総広告費に占めるシェアの拡大


 インターネット広告費は、2005年から2024年までの20年間に年12.3%のペースで成長を続けており(図2)、2005年に総広告費の6%だったシェアは、2024年には46%にまで拡大しています(図3)。
 
図2:インターネット広告費の推移(億円)
 
図3:総広告費に占めるインターネット広告のシェアの推移(%)

 これらの数値を、読者のみなさんはどのように感じるでしょうか。

 1990年代の中頃から大手広告会社で、デジタルビジネスの開発に携わっていた私は、この数値に違和感はありませんし、「インターネット広告費は、ここまできたんだなぁ」という感慨はあります。あのとき、「インターネットなんて、せいぜい世田谷区の区内報程度の読者数のメディアがすごいと言われてもね」と、私たちのやる気に火をつけるような発言をした人は、この数字を見たら驚かれるかもしれません。もし、あのとき意図的にそう言われたのだとしたら「すべてはシナリオ通り」とおっしゃるのでしょうね(笑)。

 さらに、次にインターネット広告費の中でも、特に成長が目立つセグメントを確認してみましょう。

 まず注目すべきは、日本の広告費において2010年から推定されている「運用型広告」です。日本の広告費では「運用型広告」を、膨大なデータを処理するアドテクノロジーを活用したプラットフォームを通じて、広告の最適化を自動的または即時的に支援する手法と定義しています。このセグメントの15年分のデータをみると、成長の大きさが実感できます。

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