ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」 #50
敏腕マーケター 伊東正明氏は、吉野家をどう好業績に導いたのか。入社から現在までの戦略を追う
ライフタイムバリューの向上には、朝ごはん
田岡 吉野家へのライフタイムバリューを上げるという観点でも、牛を食べてもらった方がいいと考えられたんですか。
伊東 ライフタイムバリュー(LTV)の向上は、基本的にはすべての施策の根底にある大事な方針です。単発で終わる商品・施策がものすごく多かったので、店舗への教育に時間がかかる割にライフタイムバリューがない。でも、バラエティがあることを伝えるためにはしなきゃいけない、と消耗戦に挑んでいた。だから、ライフタイムバリューを意識して現場の努力が継続利用につながる確率がある策に変えていくことにしました。
それで私が最初に仕掛けた施策は、朝ごはんの改革なんですよ。というのも、我われの業態は朝ごはんが一番ライフタイムバリューが高いんです。
田岡 習慣化するからですね。
伊東 その通りです。人は2日連続で同じものを食べたがらないけれど、朝ごはんだけは例外で、「同じものでいい」という人がいっぱいいるんです。だからこそ、そこにはテレビCMも使いました。
そして、ライザップ牛サラダは、リピート率が高いことがやる前から分かっていたので、ライフタイムバリューも取れるだろうと見込んでいましたが。
さらに試験的ではありますが、いまはテイクアウトでもライフタイムバリューが取れる計画に力をいれています。平日の夜に思いがけない残業で会社を出るのが1時間遅くなったお母さんが、家から帰る途中に「今日の夕飯どうしよう」と考えたときの引き出しに、入りたいという狙いです。
その引き出しに現在のところ吉野家はあまり入っていないし、想像すらしていない。だから単純な「テイクアウト10%割引キャンペーン」でもものすごく伸びて、その後の継続利用が確認できました。
さらにテイクアウトに注目した理由はもうひとつあって、吉野家は売上の約3割がテイクアウトで、男女比で見るとイートインが8対2なのに対して、テイクアウトになると5対5なんです。つまり性別にかかわらず、牛丼を食べたいと思っている人は同じぐらいいる。
ただし、女性は男性イメージの強い「お店」に入りにくいんです(笑)。そこで、テイクアウトならありだと思ってもらうきっかけづくりをすることで、結果として吉野家を使う女性が増えれば、その分のビジネスが伸びると考えたんです。テイクアウトの利用シーンは先ほど、お話しした以外にも見つけていて、いまはネタを撒いているところです。
田岡 なるほど。ほかにはどんなことに取り組んでいらっしゃいますか。
伊東 実は単価アップも地味にやり続けているんです。私が来てから、牛丼以外の商品はバリューアップを図りながら価格を改定しています。
田岡 それは驚きですね。単価を上げても大丈夫だという自信があってですか。
伊東 これは河村社長のセンスがすごく良いというか、さすがだなと思っているのは、軽減税率に対応するために全て税抜き表示に変えたんです。
牛丼の並盛380円は記号化されているのですが、税抜きにすると352円で覚えにくい数字になります。同じように、サイド品も62円や75円だったりするので、それを78円にしても大きな影響はないんです。
田岡 それをやると長期的には、顧客数に悪影響を与えることもありませんか。
伊東 なので、そこも折り込んで、私たちの勝ちパターンとしては、顧客単価を上げる施策と、客数を上げるキャンペーンの両方を同時にやるようにしているんです。
分かりやすいところで言うと、「牛すき鍋膳」という商品が吉野家の中だと高価格メニューに位置するのですが、それを一生懸命に売ると、それ目当ての来店による客数増はもちろんのこと、普段は牛丼を食べているお客さまも「毎年楽しみにしていたよ」と、鍋を食べてくれ単価が上がったりするんです。
公表データを見ていても、基本的に客数と客単価の両方を継続的に伸ばしているのは、外食産業全体で見てもスシローと吉野家など数社なんです。
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