マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #10

「好き」と「欲しい」は、脳内では違う? 購入意向とブランディングへの作用を考える

 

予測・期待から楽しむところまでトータルで


 「なぜだか無性に何かを喫食したり、使ったり、体験したくなってしまう」というのは、メーカーやサービス提供社側からすると、とても有利な条件ですよね。ここで、先ほどの何度も何度もレバーを押したくなってしまう事例を参考にすると、そのような行動が起こるのは、「好き」になるからではなくて、「欲しい」・「したい」という感情の高まりによるものだということでした。

 顧客をラットと同じにするなよと思われるかもしれませんが、理論的にも経験的にも、この部分は根源的に大きくは違わないです。これまで何度も述べてきた通り、消費者の購買意思決定は、感情に大きく左右されます。そして、マーケターがそこに効果的にアプローチするためにお勧めしたのが、接近・回避動機付けと呼ばれる根源的な感情(情動)反応でした(第3回のコラムを参照)。

 これがまさに、ここで注目している「欲しい(Wanting)」のシステムへの働きかけとなるのです。接近したい、近づきたいという感情を引き起こすことができれば、Wantingのシステムを通して、施策の効果は高まるでしょう。実際に、私自身が関わってきた事例でも、キャンペーンの効果を脳活動から予測する際には、接近・回避動機付けの指標がもっとも寄与度が高かったです。

 では、一方で「好き(Liking)」のほうはどうでしょうか。ひとつの役割として、感情によって引き起こされた意思決定とアクションについて、後から理由付け・正当化する際に使われるということがありそうです。先述の通り、意思決定は根源的な情動反応に影響されることが多いですが、アクションを起こした後に、そのまま理由も分からず放置されるわけではありません。消費者としては、しかるべき理由を後付けでいちおう考えるわけですが、そこに「好き(Liking)」のシステムが効いてきそうです。

 ブランディングにおいて、これは見過ごせない過程でしょう。おそらく、ここでブランド資産の記憶ネットワークが構築され、エクイティ向上へ結びついていくものと考えられるからです(第2回のコラムも参照)。

 このために、以前(第6回)にも述べたように、商品やサービスの説明は、説得してアクションを促すためではなくて、お客さまが自分のアクションに対して理由付けしやすいようにサポートするというイメージを持つとよいと考えています。


 

まとめ


 というわけで、「好き」(Liking)と「欲しい」(Wanting)は単に処理システムが違うだけでなく、キャンペーンにおける役割も大きく異なりそうです。

 トライアル購買や体験入会などを目指して欲しい(Wanting)に軸足を置くのか、それともLikingを通してロイヤルティの構築に重きを置くのか。もちろん、それぞれのブランドの成熟ステージによって変わってくるものと思いますし、ひとつの広告の中でバランスをとるのか、キャンペーンごとに意図をもってバランスを変えていくのかも、各ブランドの戦略次第だと思います。

 冒頭でも述べたように、KPIもそれぞれに合わせて準備しておくほうがよいかもしれません。「欲しい(Wanting)」のほうは、売り上げ(ROI)やCTRなどの数字が候補になりそうですし、一方で「好き(Liking)」のほうは、ブランドの好意度の推移などが候補になるでしょうか。

 いずれにしても、この2つの過程を考慮することが読者の皆さんの活動の一助になれば幸いです。
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