マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #20

マーケティングは、あらゆる事象に生じる「消費者の感情」を軽視してはいけない

前回の記事:
マーケティングに大事なのは五感だけではない「内受容感覚」を知っておこう
 

はじめに

 
 今回はシリーズの4回目となります。これまでの3回では、最初に脳が「予測マシーン」であるという仮説を紹介し、それに基づいて知覚と行動をとらえ直し、さらに感情へ対象を広げてきました。

 この一連の議論の中で、人間の知覚と感情には、それぞれ外受容感覚と内受容感覚が重要な役割を果たすと述べてきました。話の進め方として、それぞれ別々に紹介してきましたが、実際には、それらは同時並行的に起こる上に、統合されるのだと考えられています(文献1)。

 この点は、消費者の本質を理解するうえで大事なポイントだと思います。そこで今回は、これまでの復習も兼ねて、まず前半に、この統合的なモデルを具体例によって概観します。そのあと後半に、なぜそれがマーケターにとって重要なのか、次回以降にも続く、実践への示唆に入っていきましょう。

 過去に紹介した専門的な用語も出てきますので、忘れてしまったり、初めて読んだりする人は、上記リンクの過去3回もご参照ください。
 

身体内外の情報の予測符号化のループ

 先日、私が「焼きトウモロコシ」の屋台に出くわした時のことを題材に、脳内で起こっていることを予測符号化の枠組みで具体的に考察してみましょう。



 通いなれた公園を犬と一緒に散歩していたときのことでした。唐突に、とても香ばしいいい匂いが漂ってきました。いつもと違う刺激が入ってきたため、嗅覚(外受容感覚)に関して予測誤差が大きくなり、それまで脳内に存在していた内部モデル(予測信号)を更新することになりそうです(「知覚的推論」ですね)。香ばしい匂いに気がついたのは、この過程が意識にのぼったものと考えられます。

 さらに、この予測誤差信号は、運動野や身体内部の情報処理に関わる脳領野にも届き、筋肉や循環器、内臓などにも影響が表れます。すると、それらにかかわる内受容感覚の予測誤差も増大し、内部モデルの更新がなされます。その過程で、一部(胃の動きなど)は知覚されるとともに、覚醒度が増すとともに、何かしら快い状態にシフトしたかもしれません。

 ほぼ同時に、その匂いのする方向に注意を向け、実際に一歩踏み出して近づきました。その動き自体は、特段の意図や理由を検討した末に実施したというよりは、ただ何となくという感じでした。先ほど更新された内部モデルと感覚入力との間の誤差をさらに縮めようという「能動的推論」によるものだと考えられそうです。

 その結果、トウモロコシの屋台が目に留まると、視覚に関する予測誤差も増大し、新たな知覚的推論のもと内部モデルが更新されます。「あの美味しいやつ」の知覚とともに、身体内の変化もがぜん活発化し、内受容感覚の予測符号化を通じて、それを欲する衝動を後押しするような感情の状態も生まれそうです。

 このようにして更新された内部モデルについて、新たな感覚入力との誤差が計算され、それを縮小するための知覚や行動がさらに起こる。このようにして、途切れることのない一連のループにより、刻々と変化する状況を知覚しながら、意思決定や行動を続け、結局トウモロコシを買ってかぶりついていた、と考えるといかがでしょうか。



 上記の図のように、ループ構造で、事前分布(予測)からベイズ推定による事後分布へと更新が連続して続いていくようなイメージです(脚注1)。かなり端折り過ぎで単純化し過ぎとも思いますが、これを踏まえて検討を進めていきましょう。

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