トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #11

脳科学が解き明かす、企業と消費者が「価値共創」する方法【ニューロサイエンティスト 辻本悟史氏】

 

意思決定に最も影響を及ぼすのは、「ピア」


中村 足立光さんによると、コミュニケーションにおいて重要な要素は「何を言うか」「どう言うか」「誰が言うか」の3つです。特に価値共創においては「誰が言うか」という点も鍵になります。では、脳科学の知見から見ると、インフルエンサーやお客様の声に支えられた評判は、人の意思決定にどのように影響を及ぼすのでしょうか。
 
辻本 最も影響力があるのは、先ほど紹介したピアです。ピアの意見は最も共感しやすく、自分ごととして捉えやすいのだと思います。ただし、ピアでなくても、多くの人が言及しているとき、あるいは、どこかピンポイントで自分と類似する意見を持つ人が言及している場合は、意思決定に影響を与える確率が高くなるという気がしています。

また、その道の専門家の意見も効果的である場合があります。これは、失敗を避けたいという意識が影響していると思います。
  

一方で、「どう言うか」という面も非常に重要です。単に淡々と話すよりも、身振り手振りや表情を加えて感情を込めて伝えると、聞き手にすごく刺さるものがありますよね。同じ内容の話でも、伝え方で受け取り方はまったく違います。

逆に「何を言うか」は、実はそこまで重要ではないとも言えます。むしろメッセージはシンプルであるほうが効果的です。

中村 今の話をコミュニケーションプランニングに落とすと、どうなりますか。

辻本 たとえば、フードやビバレッジ(水以外の飲み物)系の会社のテレビCMでは、仲間同士が楽しそうに食事をしている場面が描かれますよね。これらのテレビCMは視聴者に「自分と同じ世代の人たちがこんなに楽しんでいる!」という印象を与えられます。

中村 シチュエーションをセットアップすることで、広告の効果を高められるわけですね。UGC(ユーザー生成コンテンツ)やインフルエンサーマーケティングもこれに含まれるのでしょうか。

辻本 実際に使っているシーンをユーザー自ら発信してもらうことが最も効果的だと思います。おそらく、足立さんは発信したくなる仕掛けづくりが上手なのでしょうね。

中村 まさに今日聞きたかったポイントのひとつです。脳科学などの学術的な観点から考えて、お客様から自発的に発信してもらうためには、どのようなことをマーケターは意識すればいいのでしょうか。

辻本 私がよく言っているのは、実際に使われている状態(インユース)ではなく、その直前の瞬間を見せることです。たとえば、チキンラーメンのテレビCMで、完成を待ちわびていて、「さあ開けるぞ」というシーンを描きます。

また、「7」が3つ揃うと大当たりになるスロットマシンでも、「7」が2回連続で出た後の「次に何が来るんだ」という期待感が、最もドーパミン報酬系の活動が高まる瞬間です。ドーパミンは、脳内報酬系に中心的な役割を持つ神経伝達物質です。その神経系の活動によって、自分も参加したいという動機につながります。

中村 ちなみに、インユースの直前の脳波は、どのような動きになるのですか。
  

辻本 脳波の変化というより、報酬の予測時に中脳にあるドーパミンを含むニューロンが発火し、その投射先である線条体という報酬処理に関する部位のドーパミンの濃度が上昇します。当初、ドーパミンニューロンは報酬を得た際に応答しますが、学習が進むにつれて、報酬を予測したタイミングで活動するようになります。先ほどのスロットマシンの例で言うと、最初はうまくいったことが分かった時点でドーパミンニューロンが発火しますが、やがて「7」が2つ並んだ瞬間に反応するようになるのです。

予測される報酬の大きさによってドーパミンニューロンの発火頻度が変化するため、効果的に動機を促進するために、報酬をより大きく期待させることが重要です。

中村 ドーパミンを刺激するために、インユースの直前の瞬間が重要だということはよくわかりました。例としては、チキンラーメンであれば、食べる直前に湯気を鼻で吸い込むようなシズル感の描写でしょうか。

辻本 まさに、それです。テレビ番組で映る食事の箸上げもそうですね。パスタをすくって持ち上げて湯気がバアッと出るシーンです。もちろん食べるシーンもいいですが、そのシーンでは、食べたあとに何を言うかというほうが気になりませんか。

中村 たしかに。ここまでの議論を簡単にまとめると、マーケターはインユースの直前を描くことで、ドーパミン報酬系を刺激させる仕掛けをつくることで、お客様が自発的にコンテンツをつくりたくなるように背中を押すという理解で合っていますか。

辻本 はい、そうですね。私の立場から少し補足すると、ドーパミンの役割は報酬系だけに限られません。ドーパミンは多様な役割を担い、認知機能や運動などにも強く関与します。そのため、単にドーパミンではなく、報酬系におけるドーパミンニューロンの活動を促すような仕掛けと言っていただけるとありがたいです。

また、ドーパミンと意思決定の話は、私がAgenda noteで連載している「マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか」でも少し詳しく書いていますので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

「有名店のラーメンのために、2時間並ぶべきか」トカゲから人間まで存在する脳内の共通通貨

※後編「マーケターは感情と記憶を味方につけよう、最新脳科学から考えるブランドの成長論【ニューロサイエンティスト 辻本悟史氏】」に続く
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