トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #15

プレステージ・ブランドの真髄とは? 資生堂 清水氏が語るストーリーを紡ぐことの大切さ

 

価値を磨き続けて、お客様に提案する


中村 現代は情報に溢れていて、お客様に価値を伝えるということが難しくなっているように感じます。それにあわせて、マーケティングも変化していると感じますか。

清水 そうですね。一方的にメッセージを聞いてもらえる時代ではないので、やはり変化していると感じています。その中で、プレステージブランドとして大切なのは、良いと思うもの、美しいと感じるものをひたすら研ぎ澄ませていくことだと思います。

マスブランドとの一番の違いは、生活者の声に耳を傾ける度合いだと個人的に考えています。マスブランドは、お客様のデータと対話をしながら生活者のニーズに寄り添う形で考えていくのに対して、プレステージブランドは生活者の声に耳を傾けながらも一定は自分たちが「良い」「美しい」「かっこいい」と思うものを提案するやり方で、ブランドが自己表現の一環となるレベルまで昇華させるようにしています。ファッションの世界を見ると分かりやすいかも知れません。だから、自分が良しとするものの価値を磨き続けて、提案することが重要なんです。
  

中村 本連載の第6回で脳科学者の辻本さんに出演してもらったとき、予測誤差という話が出たのですが、それに少しつながる気がしました。人の脳は予測する、ただその予測との誤差がなければ、記憶には残らない。だから、その予測を超えることが重要だという話でした。お客様の声を真摯に聞くのは大切ですが、おそらくそれだけだと予測内になってしまうんですよね。

清水 それは面白い話ですね。おっしゃる通り、お客様の声を聞いているだけでは、新しい価値はつくれないんですよね。

私はマーケティングを説明するときによく印象派のクロード・モネの話をしています。印象派の語源になった「印象・日の出」という絵画があります。写真がなかった時代に、いかに写実的に対象物を描くかが「いい絵」の定義だったところを、モネは光によって変化する「印象」を描いて、「いい絵」の定義を変えました。当時は画壇から「これは絵画ではない」と相当なバッシングを受けています。

マーケティングの市場創造は、それと同じだと思います。ひとつのものを逆サイドから捉えて元の概念を超えていくことにより、イノベーションは起きるのだと思います。
  

中村 現状を見て、常識を疑い、そこに新たな角度を入れていくというアート思考のようなアプローチですよね。清水さんの中で、アートはひとつのコアなのですね。

清水 そうですね。新卒でP&Gに入ったから、たまたま自分の持っていた感性とそこで学んだロジックをつなげて翻訳できるようになったのだと思います。

中村 先ほどから、清水さんの言葉から「翻訳」や「橋渡し」という単語が出てきていますが、「翻訳」や「橋渡し」をするときに大事にしていることはありますか。

清水 まずは、そのブランドがお客様にどのように見えているのか、市場ではどのような立ち位置なのか、といった現状理解をして、プロット(設計)します。私は消費者インタビューをしたり、お客様と話したりすることがすごく好きです。それらを通してお客様の頭の中を正確に理解するということに取り組んでいます。

中村 そうして理解したお客様の頭の中と、ブランドのフィロソフィー(価値観)や過去からの哲学を対話させている感じなのでしょうか。

清水 そうですね。お客様の解像度を上げ、そこに創業者の想いや時代の空気などを加えて、どのように翻訳すれば、お客様に伝わるのかを常に考えていますね。

※後編「フォントでもブランドを表現? 資生堂清水氏が重視するディテールの追求」に続く
他の連載記事:
トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング の記事一覧

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録