日本の広告最新事例を世界の潮流から読み解く #54
「おつかれ生です。」で好調、意味を追わないアサヒビール「マルエフ」のテレビCM方法論
私は長年、多くの広告コミュニケーションの海外事例を紹介、その分析に努めているのですが、この連載では、いつもとはある意味では逆に、まず日本の話題作に目を向けて解説し、そのうえで、その意図や施策の在り方が、海外のどんな潮流と関連しているのかについて考えていこうと思います。今回は、その第54回です。
「おつかれ生です。」のフレーズで気分のシズルを演出
2021年9月に復活を遂げたアサヒビールの「マルエフ」。新垣由衣さんの起用も功を奏してか、発売後わずか3日で売れすぎて休売を余儀なくされるほどの大ヒットを記録しました(2024年11月現在は、芳根京子さん、松下洸平さんが出演しています)。
この広告コミュニケーションのキーフレーズとして使われているのが、「おつかれ生です。」という一言。今回は、このキーフレーズが何を狙い、どのような役割を果たしているのかについて、考えてみたいと思います。
広告コミュニケーションの表現の仕方は大きく分けて2つあり、「シズル志向」と「コンセプト志向」です。「シズル」は英語で「sizzle」といい、元々は「肉が美味しそうにジュージュー焼ける音」を指しますが、 それが転じて、美味しそうなビールの泡や、美味しそうにプリプリしている食べ物を撮影した映像を「シズルカット」と呼ぶようになりました。さらに、広告業界ではより広義に「その製品らしさ」といった意味でも用いられます。
それに対して、「コンセプト」はいわば、考え方の提示で、考え方に賛同した人に買ってもらおう、という狙いです。
この連載の中で以前、『日本「シズル」型vs欧米「コンセプト」型』と題した記事(参考:日本「シズル」型 vs欧米「コンセプト」型。キリンのレモンサワーが描く海辺のイイ時間CM )を書いたことがあります。一時期の日本のビールCMは、グラスに注がれるビールの様子と、それをいかにも美味そうに飲むタレントさんという、ストレートな“シズルもの”ばかりになって、筆者は個人的には「みんな同じに見えるなぁ」と、少なからぬ危惧を抱いていました。
一方で、「丸くなるな、星になれ。」とメッセージするサッポロ黒ラベルは「コンセプト型」の代表格。しかし、筆者自身は、ビールのような日常的でカジュアルな飲み物の広告コミュニケーションとして、ここまでコンセプトに寄ったもので果たして飲みたくなるのかと、かなり懐疑的です。
そんな、ストレートなシズル型とちょっと難しいコンセプト型の間に、ちょうどいい感じにハマったなと感じるのが、「おつかれ生です。」というコピーです。
マルエフの場合でも、コンセプトは「心にあたたかな灯をともし、ぬくもりのある日本をよみがえらせる」ということなので、例えば、「飲むと、ホッとするね」とか「冷たいマルエフで、ココロが暖まる」といった、コンセプト寄りのキーフレーズを使う手もあったはずです。それでも、送り手は、ダジャレとも言える「おつかれ生です。」を開発し、採用しました。
このキーフレーズは、ネット上など一部では「何が言いたいのか分からない」という意味で評判が悪いようなのですが、筆者は評価できると考えています。コンセプト型でも商品シズル型でもない、“気分のシズル”みたいなものを上手く捉えている。一日頑張って働いた後に、「お疲れ様~」と言いながらビールを飲むときの癒され感が、直接的に意味を伝えてないからこそ、いい感じで出ていると思うのです。
そう感じる人が一定程度存在していたからこそ、これだけの売上に繋がったと考えるのが順当でしょう。